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東京地方裁判所 昭和42年(合わ)217号 判決 1967年7月13日

主文

被告人を

判示第一及び第三(三)の罪につき懲役四月に、

判示第二及び第三(五)の罪につき懲役一年に、

判示第三(一)(二)の罪につき罰金一万五、〇〇〇円に、

判示第三(四)の罪につき懲役二月に処する。

右罰金を完納できないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

ただし、この裁判確定の日から三年間右各懲役刑の執行を猶予する。

押収してある運転免許証一通(昭和四二年押第七七七号の一)の偽造部分を没収する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和三九年四月ごろから東京都台東区台東二丁目一〇番八号有限会社志村装備に勤務して、室内装備の仕事に従事していた者であるが、右会社に就職する際、普通自動車の運転免許を取得していることが雇用条件であるとされたので、右有限会社社長志村清に対し、真実は軽自動車の運転免許しか取得していなかったのに、普通自動車運転免許を取得している旨偽ったうえ採用され、その後無免許のまま同会社の普通貨物自動車を運転することになったため、無免許運転の発覚をおそれ、他人名義の運転免許証をあたかも自己の運転免許証の如く作りかえて、これを携帯あるいは行使して右自動車の運転を継続しようと企て、

第一、昭和三九年一一月六日ごろの午後一一時ごろ、同都文京区本郷三丁目三三番七号アパート新保誠の居室三畳の間において、被告人の友人である同人所有の運転免許証一通(昭和四二年押第七七七号の一)を窃取し、

第二、(一) 同年同月下旬ころ、千葉県松戸市高塚新田一二八番地国立松戸療養所構内において、行使の目的をもって、前記窃取にかかる新保誠名義の普通自動車運転免許証(同年五月七日発行B二一六五八号)の写真欄に貼布してあった右新保の写真をはぎ取り、同写真欄に、自己名義の軽自動車運転免許証よりあらかじめはがし取って所持していた自己の写真を貼りつけ、あたかも自己が前記免許証の交付を受けた名義人であるかのような外観を備えさせ、もって公務所である東京都公安委員会作成名義で同委員会の押印のある普通自動車運転免許証一通(前同押号)を偽造し、

(二) 同四〇年三月一一日午前九時五五分ごろ、茨城県北相馬郡取手町井野地先付近道路において、千葉県警察本部交通第一課勤務小林力男巡査から交通違反の被疑者として取調べを受け、自動車運転免許証の呈示を求められた際、同巡査に対し、右偽造にかかる普通自動車運転免許証をあたかも真正に作成されたもののごとく装って呈示して行使し、

(三) 同年九月一五日午後三時一五分ごろ、千葉県市川市国府台三丁目三八六番地付近道路において、同県警察本部交通第一課勤務武藤三郎巡査から交通違反の被疑者として取調べを受け、自動車運転免許証の呈示を求められた際、同巡査に対し、右偽造にかかる普通自動車運転免許証をあたかも真正に作成されたもののごとく装って呈示して行使し、

(四) 同四一年六月五日午後七時三〇分ごろ、東京都新宿区神楽坂五丁目二六番地神楽坂派出所において、警視庁牛込警察署勤務横尾富好巡査から交通違反の被疑者として取調べを受け、自動車運転免許証の呈示を求められた際、同巡査に対し、右偽造にかかる普通自動車運転免許証をあたかも真正に作成されたもののごとく装って呈示して行使し、

(五) 同年八月一一日午後一〇時三〇分ごろ、千葉県船橋市宮本町一丁目一八九番地先道路において、同県警察本部交通第一課勤務青柳甲巡査から交通違反の被疑者として取調べを受け、自動車運転免許証の呈示を求められた際、同巡査に対し、右偽造にかかる普通自動車運転免許証をあたかも真正に作成されたもののごとく装って呈示して行使し、

第三、公安委員会の運転免許を受けないで、

(一)  同三九年八月一五日午前一〇時三〇分ごろ、東京都世田谷区烏山町一、八三〇番地付近道路において、普通貨物自動車を運転し、

(二)  同年九月四日午後六時三〇分ごろ、同都新宿区富久町二六番地付近道路において、普通貨物自動車を運転し、

(三)  同四〇年三月一一日午前九時五五分ごろ、茨城県北相馬郡取手町井野地先付近道路において、普通貨物自動車を運転し、

(四)  同年九月一五日午後三時一五分ごろ、千葉県市川市国府台三丁目四三一番地付近道路において、普通貨物自動車を運転し、

(五)  同四一年八月一一日午後一〇時三〇分ごろ、千葉県船橋市宮本町一丁目一八九番地付近道路において、普通貨物自動車を運転し

たものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(確定裁判)

被告人は、いずれも道路交通法違反の罪により、

(イ)  昭和三九年八月二一日墨田簡易裁判所において、長沢徳蔵名義で、罰金七、〇〇〇円に処せられ(速度制限違反)、右裁判は同年九月五日確定し、

(ロ)  同四〇年三月一六日取手簡易裁判所において、新保誠名義で罰金三、〇〇〇円に処せられ(乗車制限違反)、右裁判は同年同月三一日確定し、

(ハ)  同年九月三〇日市川簡易裁判所において、新保誠名義で、罰金五、〇〇〇円に処せられ(追越し禁止違反)、右裁判は同年一〇月一五日確定し、

(ニ)  同四一年六月一七日墨田簡易裁判所において、新保誠名義で、罰金二、五〇〇円に処せられ(駐車違反)、右裁判は同年七月二日確定し、

(ホ)  同年八月一八日市川簡易裁判所において、新保誠名義で、罰金一万円に処せられ(速度制限違反)、右裁判は同年九月二日確定し

たものであって、右(イ)の事実は、≪証拠省略≫により、右(ロ)乃至(ニ)の事実は、≪証拠省略≫により、右(ホ)の事実は、≪証拠省略≫により、それぞれこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法二三五条に、判示第二(一)の所為は同法一五五条一項に、同(二)ないし(五)の各所為は、いずれも同法一五八条一項、一五五条一項に、判示第三の各所為は、いずれも道路交通法一一八条一項一号、六四条、八四条(なお第三(一)については昭和三九年法律第九一号道路交通法の一部を改正する法律による改正前のもの、同(二)及び(三)については昭和四〇年法律第九六号道路交通法の一部を改正する法律による改正前のもの)に、それぞれ該当する。

そして、判示第二(一)の公文書偽造の罪と、同(二)ないし(五)の各偽造公文書行使の罪とは、それぞれ手段結果の関係にあるので、刑法五四条一項後段、一〇条により、結局一罪とし、犯情の最も重いと認める判示第二(五)の偽造文書行使の罪の刑で処断することとし、判示第三の罪のうち(一)及び(二)につきそれぞれ罰金刑を、(三)ないし(五)につきそれぞれ懲役刑を選択する。

次に、同法四五条後段によれば、判示第三(一)及び(二)の各罪と前記確定裁判のあった(イ)の罪、判示第一及び第三の(三)の各罪と前記確定裁判のあった(ロ)の罪、判示第三(四)の罪と前記確定裁判のあった(ハ)の罪、判示第二(科刑上一罪)及び第三(五)の各罪と前記確定裁判のあった(ホ)の罪とは、それぞれ各別の併合罪の関係に立つから、おのおのにつき同法五〇条により、まだ裁判を経ない判示各罪について更に処断することとする。

まず、判示第一及び第三(三)の罪は、同法四五条前段により併合罪の関係にあるから、同法四七条本文、一〇条により、重い判示第一の窃盗罪の刑に、同法四七条但書の制限内で法定の加重をした刑期範囲内で、被告人を懲役四月に処する。

次に、判示第二及び第三(五)の各罪も、また同法四五条前段により併合罪の関係にあるから、同法四七条本文、一〇条により、重い判示第二の一罪の刑((五)の偽造公文書行使の罪の刑)に同法四七条但書の制限内で法定の加重をした刑期範囲内(短期は右偽造公文書行使の罪の刑のそれによる)で、被告人を懲役一年に処する。

次に、判示第三(一)及び(二)の各罪も、また同法四五条前段により併合罪の関係にあるから、同法四八条二項により、各罪につき定めた罰金の合算額の範囲内で、被告人を罰金一万五、〇〇〇円に処する。

更に、判示第三(四)の罪につき、所定刑期の範囲内で、被告人を懲役二月に処する。

そして、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、以上の刑のうち、各懲役刑につき、同法二五条一項一号を適用して、いずれもこの裁判確定の日から三年間その執行を猶予し、押収してある運転免許証一通(昭和四二年押第七七七号の一)の偽造部分は、判示第二(二)乃至(五)の各偽造公文書行使の犯罪行為を組成し、かつ何人の所有をも許さないものであるから、同法一九条一項一号、二項によりこれを没収する。訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする。

(検察官の法令の適用に関する主張についての判断)

ところで、本件においては、判示第二の(一)の一個の公文書偽造に対し、その偽造公文書の行使が四回あって、判示第二の(二)と(三)の各行使の間に前記(ロ)の、同(三)と(四)の各行使の間に前記(ハ)の、同(四)と(五)の各行使の間に前記(ニ)の各別罪である道路交通法違反の確定裁判が存することは前示のとおりであるところ、検察官は、刑法四五条後段に従い、右(ロ)(ハ)(ニ)の確定裁判により右公文書偽造、同各行使の間の牽連関係が遮断される結果、(1)判示第二の(一)の公文書偽造の所為と同(二)の同行使の所為、(2)同(三)の同行使の所為、(3)同(四)の同行使の所為、(4)同(五)の同行使の所為の四つのグループに分断され各別にこれを処断するのが相当である旨主張する。(なお、判示第二の(三)及び(四)の各偽造公文書行使の各罪については追起訴状によらず訴因追加請求書により審判の対象として加えられたものであるが、検察官は、右請求書は第一回公判期日前に当裁判所へ提出され、起訴状と同様に被告人にも送達されており、第一回公判期日においては、起訴状と同様にその朗読が行なわれ被告人、弁護人に対してもこれについての弁解、防禦の機会が十分に与えられ、裁判所が弁護人の意見を徴した上で、右訴因追加を許可し、爾後該訴因を対象として異議なく審理が行なわれてきたのであるから、被告人の防禦権行使について何らの不利益をももたらしていないのであり、現実の訴訟手続面では、追起訴がなされた場合と全く同様に扱われてきたのである。そして、右の追加された訴因を対象として証拠調も全部終了した現段階において改めてその事実につき追起訴の手続をとることは訴訟経済にも反することとなり、実質的には無意味なことといわねばならない。そうだとすれば右のような訴訟経過をたどった本件の場合には右訴因の追加請求が許可された段階において、これにつき、追起訴と同一の効力を認めるのが相当であると思料されると主張し、弁護人は、科刑上一罪たる牽連犯が検察官主張のように別罪の確定裁判の介在により数個に分断されるものとするならば、判示第二の(三)及び(四)の各行使罪については起訴されていないことになるのであるから審判の対象とはなりえず、刑を科することはできないし、追起訴すべきものを訴因の追加で補うことはできないと主張しているが、当裁判所は以下説示するとおり、検察官主張のいわゆる分断説の立場を採らないので、この点については判断を示さない。)

まず併合罪の規定が設けられた趣旨を考えると、刑法四五条前段は、一人の犯した数罪のうち同時に審判することが現実に可能な場合には科刑上特別の考慮を払うのを相当とし、これを併合罪とするとした規定であり、同条後段は、かかる取扱いを受ける併合罪の範囲を確定裁判によって一応固定するとともに、同条前段の趣旨を確定裁判を経た罪と同時審判の可能性のあったいわゆる余罪についても押しすすめ、余罪を裁判する場合にも、余罪を全く別個の罪として科刑するのではなく、それらが既に確定裁判を受けた罪と同時に審判された場合と均衡がとれるように科刑することが望ましいし、少なくとも同時審判がなされていたら科しえなかったような刑を科することにならないよう、刑の執行の段階で調整を図ろうとする趣旨の規定である。したがって、併合罪の規定は二個以上の刑を科することが本来可能であることが前提されてはじめて適用をみる規定と考えられる。しかし、科刑上の一罪(刑法五四条一項)は理論上は数罪であるとしても一般の数罪に比すれば、構成要件的評価の面で本来の一罪と近似性をもつため準一罪(大審院大正一二年一二月五日判決刑集二巻五二二頁参照)とされ、科刑の面においても訴訟手続の上においても本来の一罪と同一に扱うのが衡平の観念に合致するものとされているのである。そしてまた刑法四五条は、数罪の存在が認められて初めて適用をみる規定であって、罪数決定の基準を定めたものではないから、同条適用前において罪数の決定が前提とされていることは明らかである。そして、牽連犯を構成する手段たる行為と結果たる行為とは数罪として広義の併合罪に包含されながら、前記のように罪数処理のうえでは、数罪とされず本来の一罪と同様に取り扱われているのであるから、右各行為は同法四五条の狭義の併合罪に当らないものといわなければならない。ところで、分断説は、本来の一罪の場合はともかく、牽連犯たるべき手段たる行為と結果たる行為との間に別罪による確定裁判が介在するときにはもはや同法五四条一項の適用はなく、したがって罪数処理上数罪として同法四五条の併合罪に当ると解している。かような考え方は、本来の一罪たる性格を有する継続犯若しくは常習犯について確定裁判の介在によって二罪に分断されるべきではないとした最高裁判所の判例(最高裁判所第三小法廷昭和三五年二月九日決定刑集一四巻一号八二頁、同裁判所第二小法廷昭和三九年七月九日決定刑集一八巻六号三七五頁参照)の趣旨にも抵触することとなるものと考える。また、牽連犯は、数罪であって科刑上の一罪にすぎないから一罪性が弱く、別罪の確定裁判の介在によって数罪に分断されるとの見解も、本来の一罪とされるものの中に、いわゆる常習犯、営業犯、継続犯等をも含み、これら数個の行為を包括的に評価して一罪と認めるものと科刑上一罪とは極めて近い関係にあることを看過しているし、分断説は科刑上一罪を数罪として取扱い実質上被告人に不利益になるところ、別罪の確定裁判の介在により科刑上一罪性がなくなるとする明文上の規定はないうえ、かく解しなければならないほどの理論的必然性はないと解されるのである。

ところで、本件のように牽連犯とされる数個の所為が別罪の確定裁判の前後にまたがって犯されたときは、確定裁判前の所為について確定裁判を経た罪と同時審判が可能であったのではあるが、それが現実には同時に審判されないまま、更に科刑上一罪をなす他の所為にまで発展したのであるから、右科刑上一罪の内容自体が拡張されたと考えれば足りるのであり、したがって、その場合にも、本来の一罪が別罪の確定裁判の後にまで継続して犯された場合と同様に確定裁判後の一罪として扱えば十分であり、それを二個に分断してまで、確定裁判前の所為につき、その確定裁判を経た罪と同時に審判がなされた場合との刑の均衡をはからなければならないとする必要はない。そして、裁判に感銘力を認め、確定裁判後は新たな人格態度が期待させれるとしても、それは確定裁判後に犯された犯罪についての量刑にあたり考慮すべき理由とはなるけれども、そのことにより別々に刑を科さなければならない理由とはならないのであって、現行法が確定裁判の中に罰金や科料をも含めていること、その確定裁判が当該の罪とは全く無関係な別罪のものである場合もあること等に照しても、確定裁判により科刑上一罪が数罪に分断されるという効果を認めるだけの合理性に乏しいと考えられる。本件において、科刑上一罪をあえて数罪にするまでもなく、一罪性を維持させつつ、確定裁判前に犯した部分をも確定裁判後に犯した部分に含めて全体を確定裁判後の罪として処断することとし、その範囲内において、確定裁判後に犯した部分については、確定裁判を受けながらなおかつ再び犯罪を犯した人格態度を量刑事情の一つとして考えれば十分である。

以上のように、別罪の確定裁判が介在しても科刑上一罪としての性質を失わないものと解するのが相当であると考えるので、検察官主張のいわゆる分断説は採用しない。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、本件各道路交通法違反(無免許運転)の所為は、いずれも、これと同一の運転の機会に行なわれ、既に確定裁判を経た、別罪である道路交通法違反(速度制限違反、乗車制限違反、或いは追越し禁止違反)の所為と一所為数法の関係にあるから、前記速度制限違反等の各罪につき存する確定裁判の既判力が本件各無免許運転の罪に及んでいるため、それらについてはもはや処罰しえない旨主張する。しかしながら、右速度制限違反等の所為と無免許運転の所為とは、たまたま同一の運転の機会に行なわれたとしても、両者はもともと別個独立の犯罪であって、併合罪の関係にあるものと解するのが相当であるから(最高裁判所第二小法廷昭和四〇年一月二九日決定刑集一九巻一号二六頁参照)、弁護人の右主張は失当であり、採用できない。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 相沢正重 裁判官 朝岡智幸 小出錞一)

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